【連載】第13回:「原発事故子ども・被災者支援法」の矛盾

【連載】第13回:「原発事故子ども・被災者支援法」の矛盾

【連載】『原発ゼロ社会への道 2017』論点紹介 第13回
第1章 東電福島原発事故の被害と根本問題
テーマ4: 被災者のための法整備とは?

4-2.「原発事故子ども・被災者支援法」の矛盾
(pp.71-72)

 

今回は、賠償問題から少し離れ、福島原発事故の被害者を支援するための法律について見ていく。同事故の被害者への支援策を包括的に定めたのが、2012年に制定された、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律(子ども・被災者支援法)」である。

この支援策は、「これまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任」(第3条)として、国の責任を明記し、これをふまえて、「居住」「避難」「帰還」の選択を被災者が自らの意思で行うことができるように、医療、移動、移動先における住宅の確保、就業、保養などを国が支援すると定めた。さらには、子どもの健康影響の未然防止(第2条第5項)や、健診や医療費の減免(第13条)なども盛り込まれている。支援対象地域に関しては、「放射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上である地域」と定め(第8条第1項)、具体的には、政府が定める「基本方針」に盛り込むとした。

しかし同法は、制定後1年以上もの間、放置された。そして2013年10月11日、被災者の意見をほとんど反映させることなく「基本方針」が閣議決定され、ほとんど骨抜きにされてしまった。具体的には、支援対象地域を福島県浜通りと中通りの33市町村とし、支援法が求めている「一定の線量」の具体的な基準値は定めず、きわめて狭い範囲のみを支援対象とした。

2015年8月25日に同法の基本方針が改定されたが、支援の大幅な削減を後ろ盾するものとなった。例えば、線量が低減したとして、「避難指示区域以外から新たに避難する状況にはない」※1、「支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当となると考えられる(当面は維持)」、「(空間線量等からは)支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当」とした上で、福島県による自主避難者への無償住宅提供の打ち切り方針を追認した。

これらの政府方針は、「放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていない」、「避難・居住・帰還という被災者の選択を国が支援する」、「健康被害の未然防止」、「一定の線量以上の地域を支援対象地域とする」といった、同法の理念や規定に、明らかに反する。また同法は、基本方針や具体的施策の策定の際には被災者から意見聴取を行い、それを反映すると規定している(第5条、第14条)が、これについても、全く守られていない状況にある。

「子ども・被災者支援法」は、放射性物質の健康影響と国の社会的責任を認め、被災者が自ら、「居住」「避難」「帰還」の選択をすることができるように国が適切な支援を行うことを明記しており、理念的に重要なことを定めた法律であった。しかし実際には、政治家と官僚とが意図的に具体的な支援策を削減し、結果的に骨抜きにされてしまった※2

支援法に明記されず、曖昧にされたままの重要事項は多い。例えば、「支援対象地域」を「一定の線量以上」の地域であるとし、具体的な基準値を入れることを先送りした。これには、同法の制定当時の政治的なせめぎあいの中で、具体的な線量を明記することはきわめて困難であり、まずは法の制定を優先させたという実情もある。被災者や支援者らは、この表現に関して、少なくとも年間追加被ばく線量1ミリシーベルトおよび福島県全域、また福島県外の汚染地域をも含めるべきであるという主張や、空間線量率だけでなく、土壌汚染のレベルも勘案するべきであるといった主張をしてきた。これについては、避難指示区域を最小限にとどめ、その基準となった年間20ミリシーベルトの妥当性に関する議論を避けたい国や、避難者数を最小限にとどめたい福島県などは、この「年間1ミリシーベルト」という具体的な数値が法律の中に書き込まれることを避けたかったのではないかと推測される。

さらに、具体的な個々の支援施策については、同法には直接書き込まず、「基本方針」の中で定めることとした。これは、同法の基本法的な位置づけ、さらに被災者救済の多岐にわたる事項について、既存の法律と調整しつつ、1つの法律にまとめあげるのではなく、理念を確定させてから、個別法を決めていくという現実的な判断をしたためであったと考えられる。しかしその一方で、具体的な支援策を、政府が定める「基本方針」にゆだねることにより、実施段階で、支援策をわずかなものに限定する結果を招いてしまった。

一律の救済ではなく、被災者の選択を尊重する形でいかに支援を行うかということに重きが置かれた重要な法律であったが、結局は、具体的な施策が十分に導かれることなく、文字通りの理念法となってしまっている。それだけでなく、支援が必要な人々の枠は徐々に狭められ、被災者が自ら選択することは暗に否定されてしまっている。また、そもそもの問題として、同法に関して具体的に実施を推進していく担当の省庁を指定しないという問題があった。責任主体が曖昧なまま、法律のみが制定されたのである。ここで今一度、なぜ同法が全党全会派一致で提案そして成立されたのか、意識を新たにする必要があるのではないか。

 

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※1.もともと復興庁が示した基本方針案では、「避難する状況にはない」と書かれていたが、多くの批判を受け、「新たに」という文言が追加された。
※2.原子力市民委員会(2017)p.71「原発ゼロ社会への道―脱原子力政策の実現のために」, 2017年12月25日(日野行介・尾松亮(2017)『福島6年後 消されゆく被害』 人文書院、第3章 pp.87-134)