廃炉のための人材育成はいらない〔筒井哲郎〕

廃炉のための人材育成はいらない〔筒井哲郎〕

 廃炉作業の需要が今後徐々に増えてくる。原子力を推進してきた官民の団体は、廃炉のために「人材育成」が必要だと強調している。たとえば、原子力委員会が昨年7月にまとめた「原子力利用に関する基本的考え方」の「廃止措置及び放射性廃棄物への対応」という項目では、「廃止措置は長期にわたることから、技術及びノウハウの円滑な継承や人材の育成も同時に進めることも重要である」としている※1

 筆者には、原発の廃炉に、一般の産業施設で培われた既存の技術とは全く異なる特別に難しい技術が必要だとは思えない。

 第一に、原発プラントの廃炉は、コンクリート建屋の解体および鋼鉄製の機器や配管から成る一般産業プラントの解体と、物理的には同じである。違うところは、それらの設備が放射能を帯びているので、作業者の健康を守るために厳格な被ばく管理を行わなければならない点である。つまり、技術者は一般のプラント解体技術者であればよく、それに加えて放射線管理技術者が必要だということになる。放射線管理技術は知識の学習を基礎に、現場で経験を重ねて習得する要素が大きい。しかし、所定の課程を踏めば、取り立てて難解ではない。とりわけ、解体は生産設備建設とは違って、経済的な投資回収のための厳しい納期を設定する必要がない。放射能の強い箇所は、十分な時間をかけて減衰を待てばよい。現実的に、通常の原発の廃炉期間を30年程度と設定しているのはこのためである。

 第二に、原子力プラントの構成が、一般産業プラントと大きく異なるものではないという点である。原発の開発は、アメリカで原子爆弾を開発したマンハッタン計画が終了した後、核反応から得られる熱エネルギーを民生用の発電所の水蒸気発生に応用したことに始まる。もとからあった火力発電所のボイラを原子炉に置き換えたのが原発である。したがって、原発のタービン建屋は、火力発電所の設計思想を受け継いでいる。原子炉建屋とその中の原子炉設備だけが特殊で、かつ、その部分が強い放射能を帯びているので、解体の最終段階に位置する。原子炉建屋およびその中に設置された原子炉や格納容器の形状が特有だといっても、設計・建設・材料は基本的に同じ工業手法でつくられており、取り扱う上での工学上の考え方がとりたてて異なるわけではない。

 第三に、原子力工学という特殊な学問上の知見が必要なのかを問わなければならない。原子力工学の神髄は、原子炉の中で行わせる核反応を制御する領域にある。運転を行わない場合は、その周辺技術としての放射線管理技術者が、作業者の健康を守る被ばく管理をすれば足りるのであって、取り立てて原子力工学の専門家を養成しなくても解体作業はできる。

 第四に、どのような工業技術分野の技術者にも身に覚えがあろうが、大学や高校で工学を学ぶとはいえ、それは基礎的な原理を学ぶのであって、就職後に現場において、On-the-job-trainingを経て一人前の技術者に育っていくのである。廃炉技術が必要ならば、解体現場で働くうちに必要な技能は自然に身に着いていくものである。この分野のみを特殊視して、「人材育成」を大げさに喧伝すべき根拠はない。30年間かかるといっても、その時代時代の若者が現場の必要に合わせて職能を獲得していけばよい。日本社会が急激に工業化していた時期と原発を建設していた時期が重なっていた。その時期に、原発建設に携わった技術者たちもそのような道程を踏んで一人前の技術者になったのではなかったか。



※1.
「原子力利用に関する基本的考え方」原子力委員会、2017年7月20日、5.2.6項、p.15
  http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/kettei170720.pdf

【画像出典】
 トップ画像:「小型遠隔重機による機器の撤去」(日本原子力発電株式会社『東海発電所の廃止措置』より)
  http://www.japc.co.jp/haishi/photo_repo/archive04.html
 火力発電と原子力発電の違い:(日本原子力文化財団『「原子力・エネルギー」図面集』より)
  http://www.jaero.or.jp/data/03syuppan/energy_zumen/energy_zumen.html