今改めて問う、東電原発事故負担金 / 資金確保に数々の疑問

今改めて問う、東電原発事故負担金                              / 資金確保に数々の疑問

東京電力福島第一原発事故は、未曾有の被害を日本社会にもたらした。賠償や環境修復(除染等)、福島第一原発の廃炉(実質的に廃炉は現段階で不可能)のための費用は莫大である。しかも、原発事故の費用は青天井で、最終的に一体いくらになるかわからない。

本来であれば、原因者が全ての費用を全て負担しなければならない。この原則を「汚染者負担原則」という。

だが、原発のみ例外で、原因者である東京電力の費用負担を減じるような法制度になっている。さらに、安倍政権はこれを拡大し、国民負担を大幅に増やした。

現在、この制度の運用はどうなっているのか?

ジャーナリストの小森敦氏は、独自の取材で、国民負担の実態を具体的に明らかにしている。

今回、小森氏のご厚意で、原子力市民委員会にご寄稿いただいた。今後も、引き続き、お知らせしていくことにしたい。

                                          原子力市民委員会座長 大島堅一

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「今改めて問う、東電原発事故負担金/資金確保に数々の疑問」

                     フリージャーナリスト・小森敦司

 原発の事故費用を賄うため、私たちは、いつまで、いくらを負担しないといけないのか——政府は2011年3月の東京電力福島第一原発事故の後、賠償費用を全国の電気利用者から電気料金を通じて集める仕組みをつくった。事故から10年余りが経ったいま、改めてその仕組みを調べてみると、いくつもの疑問点が浮かんできた。それらを取りまとめてみると、経産省や電力業界の間で巧妙に練られた策で、私たちに負担が押し付けられているのでは、との考えに行き着く。筆者が情報公開請求によって得た新情報も含め、この「原発事故負担金」について問題提起をしたい。

(1)「東電のため」に四苦八苦

 例えば企業が工場で事故を起こし、周辺住民が被害を受けたら、普通、企業が賠償の責任を負う。しかし、東電の福島第一原発事故は賠償費用があまりに巨額になったので、全国の電気利用者が賠償資金を負担する仕組みをつくった。それが原子力損害賠償支援機構法(現在の名称は「原子力損害賠償・廃炉等支援機構法」。以下、機構法)だった。

 国が交付国債を原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下、機構)に交付し、機構はそれを償還(現金化)して東電に資金援助をする。後に、大手電力が「一般負担金」を電気料金に含める形で利用者から徴収して機構に納め、そして国庫に回収されるという流れになる。事故を起こした東電は自らの経営努力で「特別負担金」も納める。

 機構法は、電力各社が資金を出し合って積立てを行うことで将来にわたって原発事故の賠償に対応する枠組みで、「相互扶助」の考え方に基づく。「東電のためだけではない」との建前で、機構法制定前の東電の原発事故に関しても資金援助できる、というのだった。

 実際には東電の賠償費用が大きく膨らみ、経産省はその原資を確保するのに四苦八苦している。そして私たちは、その原資のかなりの部分を支払う、いわば当事者だ。筆者は原発事故の賠償はしっかりとなされる必要があり、その原資の確保も重要だと思う。しかし、当事者の私たちに見えないところで、賠償の枠組みや金額が決められているのは問題だと考える。だいたい、私たちは毎月、いくら負担金を払っているのかも、ちゃんと知らされてない。

 時をさかのぼるが、2016年、東電の事故のための交付国債の枠を9兆円から13.5兆円に引き上げる際、筆者は現場取材の応援に駆り出された。引き上げはその時で3回目。機構法ができる前に起きた東電の事故のためだけに、賠償などの資金確保策がまたも練られた。

 関係者間の資金の割り振りを記した分かりやすい表がある。経産省が2016年12月、有識者会議で配布した資料「福島事故及びこれに関連する確保すべき資金の全体像と東電の国の役割分」の中の該当箇所を以下に貼り付ける(以下、「役割分担」表)。[1]

 表の上段に記されているが、交付国債枠のうち賠償に関しては従来の5.4兆円から7.9兆円へと2.5兆円増えた。経産省は同時期、その金額に近い2.4兆円を全国の電気利用者から徴収する案を審議会で突然、打ち出したのだった。どんなものだったのか。

(2)ひねり出された「過去分」

 その仕組みを理解するため、経産省の事務方が示した「『過去分』の回収イメージ図」も以下に貼り付ける(2017年2月、電力システム改革貫徹のための政策小委員会の「中間とりまとめ」から)。[2]この図を見つつ、読み進めてほしい。

 考え方はこうだ。まず、「福島事故前に確保されておくべきであった賠償への備え」が約3.8兆円あるとした(図のAの部分。「3.8兆円」の規模の問題については後述する)。大事故を想定して、事前に賠償資金を積み立てておくべきだったのに、それができていなかったというのだ。経産省はそれを「過去分」と名付けた。

 一方、大手電力から徴収する一般負担金は、機構法の成立後、2019年度末までに約1.3兆円(図のB)に達していた。それで、先の「過去分」約3.8兆円から、この約1.3兆円を控除した約2.4兆円を、今後、「託送料金」を使って集めていく、とした(図の右上の「託送回収分」。後に「賠償負担金分」と名付けられた)。

 折しも電力の自由化で新電力が参入してくる。このままだと新電力に乗り換えた人は負担しなくていいことになってしまう。それで、経産省は電気を使う人は例外なく負担する「託送料金」を使うことにしたのだった。託送料金とは、発電所と家などをつなぐ「送電線の使用料」だ。これだと新電力の利用者も払うしかない。

 「過去分」の回収は、具体的には2020年から40年程度かけて、全国の家庭や企業から集める。この40年という期間について、経産省は当時の原発稼働期間が40年であることを踏まえた、などと説明している。標準的な家庭で月々18円。全国でみた場合、年間の回収額は約600億円となる。そして、40年間の回収で計2.4兆円になるというのだった。

 これに関して、電気料金の問題に詳しい大島堅一・龍谷大教授(環境経済学)に意見を聞いたことがある。「政府の理屈は、国民に事故の賠償費のツケがあったというものだ。ではJRが事故を起こした時、同じ理屈で運賃からその費用を徴収できるのか」。筆者は、その疑問を今もぬぐえない。

 ところで、「役割分担」表でもう一度確認してほしいのだが、この託送回収分2.4兆円で、交付国債の賠償の増大分2.5兆円をほぼ賄える。この賠償の増大分の手当てを目的として、「過去分」という考え方を経産省が考えたあげく、ひねり出したのではなかったか。

 そもそも、この「過去分」3.8兆円という巨大な数字はどう計算されたのだろう。経産省は当時、大手電力から回収していた一般負担金年約1600億円(1630億円からに日本原燃の負担分30億円をのぞく)から「逆算」し、原発の設備容量などを踏まえ、算定したとする。

 そして、1630億円の根拠はといえば、大手電力などの「震災前の収支等に基づき算出した額」と機構のホームページに出ていた。つまり、福島原発事故の被害規模を算出の基礎としたうえで、大手電力会社の「収支」を考慮したものだ。ならば、電力会社にしてみたら、今、とても懐具合が厳しいので、ツケも小さくしてほしい、と主張できることにならないだろうか。

 実に後でこうなった。年1630億円は、2021年度に「電力自由化などの事業環境の変化もあった」(機構ホームページから)ことなどを理由に年1337億円に減額された。年1337億円は2022年度、2023年度と続いた(先の「『過去分』の回収イメージ図」のBの部分の年間負担額。後に「従前分」と名付けられた。非常に分かりにくいと思う)。

 この年1337億円が今後も続くなら、年1630億円から「逆算」した「過去分」の根拠がぐらつくのではないか。元の数字が小さくなるなら、「過去分」3.8兆円も小さくなるはずだ。そして、この3.8兆円を起点に算出した託送回収分2.4兆円という数字だって小さくなるのではないのか。

(3)議事録に残されていた「試算」

 筆者は今回、機構の運営委員会のこれまでの複数回の議事録を情報公開請求した。毎年の負担金を定めているからだ。8月上旬、開示決定の通知を受け、そのコピーをもらいうけた。全部で185枚。黒塗りも多かったが、読み進めると非常に興味深い発言を見つけた。

 それは、令和4年(2022年)3月28日、第80回の運営委員会の議事録にあった。発言者名は伏せられているが、機構事務局と思われる者の発言として、こんな記述があった。

 「過去の負担金の総額ですが、今まで約2兆円を支払い、東電と東電以外の負担で申しますとほぼ1兆円で均衡しているという状況になっています」

 この発言を受けて筆者も計算してみた。機構のホームページに掲載されている負担金の数字をもとに、東電の一般負担金と東電だけが納める特別負担金の合計額、そして東電以外の大手電力が納める一般負担金の合計額について、2011年度から2020年度分までの累計を機械的に計算してみた。すると、確かにそれぞれ1兆円前後になっていた。経産省は、「東電」と「東電以外」で賠償費用を同額、つまり折半にしたい、という思惑があるのだろうか。

 さらに機構事務局と思われる者の発言はこう続いた。

 「また、今回の一般負担金の見直しに関しまして、負担金総額が(交付国債枠の)被災者賠償7.9兆円に到達する見込みとしましては、今までの1630億円ベースで考えた場合は2039年度になっておりましたが、これが2041年度又は2042年度程度までに長くなるというように試算できるということです」

 参考まで、以上の発言の議事録コピーの該当部分を貼り付けておく。

 前述のとおり、毎年1630億円だった一般負担金は2021年度から1337億円に減額することになった。発言はこれに伴う納付年数を説明していると思われた。ということで、筆者も毎年の納付額を1630億円、1337億円の2種類のパターンで機械的に足し算してみると(東電の特別負担金は、過去の納付額を参考に毎年1000億円と仮置きした)、確かに、発言に近い結果が得られた。[3]

 あくまで筆者の粗い試算だが、年1630億円でも年1330億円でも、その水準の納付が続いたら、その累計は2021年度から20年ほどで交付国債の賠償分7.9兆円に到達する。

 こうした納付期間の試算、つまり「いつまで」という時間は、私たちに示されたことがあっただろうか。経産省が示した託送回収分「40年」という期間設定との違いは、どう考えたらいいのだろう。

 ちなみに筆者の試算では、年1630億円が続くケースだと、2030年代後半、(1)で記した「枠割分担」表にあった「東電3.9兆円」と「大手電力3.7兆円」に近い数値になった。また、年1330億円が続くケースだと、東電と東電以外の累計の違いが次第に大きくなり、両者の「均衡」も崩れてくる。

 筆者は経産省に取材を申し込み、8月上旬、担当者の一人に直接会って話を聞く機会を得た。残念ながら、まだ機構が開示した資料を手にしていなかった。ただ、(1)で記した「役割分担」表について聞くと、東電3.9兆円、大手電力3.7兆円、新電力0.24兆円といった数字について、「目安なのかイメージなのか、制度的な裏付けがあって、その数字に意味があるというのではないです」などと、そうした数字が不確定なものであることを強調していた。

 経産官僚の肩を持つわけではないが、負担金は何年から何年まで何億円と決まっているわけではなく、毎年、機構が定める。とくに東電が納める特別負担金は東電の収支状況によるので、これまで実際に大きく変動した事実がある。だから、これまで記した「役割分担」表や機構の試算などの数字は確かに変動があるだろう。他方で、一定の数字を示さないと政策が進められないのも事実だろう。

 ただ、筆者が問題と思うのは、やはり、そうした政策決定に、かなりの負担を強いられている私たち電気利用者が、ほとんど、かかわることができていないことだ。根拠や決定過程をしっかりと説明されたことはあっただろうか。それなしには妥当性など検証もできないはずだ。そして、これらの政策決定にあたり、私たちは真摯に意見を聞かれたことがあっただろうか。

(4)終わりなき?負担

 その後、東電原発事故の対策費用はまた増えた。政府は2023年12月、交付国債枠が13.5兆円から15.4兆円に増えると明らかにした。賠償や中間貯蔵施設の費用がさらに増大したからだった。

 その原資をまたどこかから手当てしないといけない。新しい「役割分担」はどうなったか。経産省が示した説明資料「東京電力の賠償費用等の見通しと交付国債の発行限度額の見直しについて」から、それを示した該当箇所を以下に貼り付ける。[4]

 この図の上には、こんな説明が付けられているのを確認できる。「費用回収の役割分担の変更は行わない」「一般負担金の年額が変更されるものではないため、電気料金の上昇につながるものではない」

 前段は、政府の外にいる大手電力も含めた関係者間の合意があったということだろうか。後段は、一般負担金の年額は変更されないのだから、私たちの負担年数が長くなることを意味するのだろうか。いずれにしろ、こうした決定に、私たちがかかわることができなかったことは確かなことだ。

 とにもかくにも一般負担金と特別負担金の徴収で、いずれ、新たな国債発行枠15.4兆円のうちの賠償分9.2兆円に達する時が来るはずだ。もちろん、また枠が増える可能性があるが、いつしか、「東電のため」の支払いを終える。でも、その後も、経産省はきっと「機構法の対象は東電の事故だけではない」などとして、負担金徴収を続けると筆者はみている。

 一般負担金は、筆者の簡単な試算だが、現在、標準的な家庭(規制料金メニューの場合)で月々100円前後だ。少額だからといって、税金でもないのに、わけもなく取られていいはずがない。[5]全国規模でみると年間1千億円を超える。それが数十年も続く。

 数々の疑問が残る「原発事故負担金」。私たちはいつまで払うのだろうか。

小森敦司(こもりあつし): 1964年生まれ。上智大学法学部卒。1987年に朝日新聞社に入社、経済部やロンドン特派員、エネルギー・環境担当の編集委員などを経て2021年に退社、フリージャーナリストに。著書に「日本はなぜ脱原発できないのか」「『脱原発』への攻防」(いずれも平凡社新書)、「原発時代の終焉」(緑風出版)など。2024年、行政書士事務所を開業。


[1] 東京電力改革・1F問題委員会(第6回)‐配布資料の「参考資料」https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10290079/www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy_environment/touden_1f/pdf/006_s01_00.pdf

[2] 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 電力システム改革貫徹のための政策小委員会‐中間取りまとめhttps://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/kihon_seisaku/denryoku_kaikaku/pdf/20170209002_01.pdf 

[3] 筆者の試算では2020年度までは実績値を使い、2021年度以降は、次のような数字を置いた。「東電」は、近年の年間の一般負担金675.4億円+特別負担金(仮置きの)1000億円で計1675.4億円とした。「東電以外」は、「1630億円のままのケース」の場合、原燃30億円を除く従来の一般負担金1600億円+託送回収分610億円-東電の一般負担金675億円=1535億円とした。「1337億円に減額されたケース」の場合は、原燃30億円を除く一般負担金1307億円+託送回収分610億円-東電の一般負担金675億円=1242億円。これを機械的に足してみた。原燃を30億円とそろえるなど、あくまで粗々の試算である。

[4]第63回原子力災害対策本部資料 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/genshiryoku/dai63/shiryou.pdf ならびにhttps://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/kinkyu/pdf/2023/r20231222baisyoutou.jissi.sankousiryou.pdf

[5] 筆者の家に届く東電の電気料金の請求書には、一般負担金のうちの「賠償負担金」相当額が、廃炉を促すという名目の「廃炉円滑化負担金」相当額との合計として示される。なので、「賠償負担金分」と「従前分」からなる一般負担金をいくら支払っているのか、正確なところが分からない。そもそも、こうした難解な名称のため、福島第一原発と絡むお金が電気料金に含まれていることが分かる人はほとんどいないはずだ。なお、私たちは家庭だけでなく、職場や学校などでの電気を利用しているが、そこにも負担金はかかっている。